旭駅本屋

SNSが普及しきった今日において、人々はなぜブログを使うのであろうか。

日本人と宗教観

 大凡の日本人は自身のことを無宗教であると認識しているという。本当にそうだろうか。

 正月を祝い、節分を祝い、七夕を祝い、盆には郷里に戻り、夏は祭りに興じ境内の隅でパコり、クリスマスにツリーを飾ってケーキを貪り食いながらパコり、年末には除夜の鐘を聴き年越しそばを食う。ここまで宗教的行事に現を抜かす民族のどこが無宗教なのであろうか。

 実のところ、ただ単にどれがどれと定まらないが為に、宗教というものの根底にあるものをよく理解しないがままに無宗教であるという結論を導いてしまうのではなかろうか。そうでなければ、無宗教にも関わらず目の前でホカホカの白米を床に叩きつけ踏みにじられてキレる日本人は生まれないはずである。

 

 

 この日本人の独特な宗教観を探るべく、私はある新興宗教に取材のオファーを行った。相手は「最近若い人が来なくて困っていたところなんだよ」と言い、二つ返事で取材を快諾してくれた。

 某月某日、郊外電車に揺られること20分、待ち合わせ場所に指定されたきさらぎ駅に向かった。読者諸兄も御存知の通り、きさらぎ駅周辺はあの鮫島事件の舞台になったことでも有名である。

 指定の場所に5分前に着いたにも関わらず、既に信者の方(以下、A氏とする)が待っており出迎えてくれた。なんでも「社会人の基本は10分前行動ですから」と言う。律儀なものだ。このA氏に案内され、私は県道沿いの何の変哲もないどこにでもありそうなビルに案内された。外見からはここに新興宗教が間借りしているなんてのは想像もつかないだろう。A氏に促されるように階段を上がり、あるフロアにあるドアの中へと入った。

 入るなり、奥の方で中年の太った男性が若い男性を怒鳴りつけている光景が目に入った。A氏はこの支部の長だと中年男性を指しながら言った。この組織は全国規模であり、ここは地方支部にすぎない。故にあの中年男性こそがここで最も偉い立場なのだろう。支部長の説教は長く続きそうだったが、入口の私に気づいたようで話半ばで切り上げたようである。

 開放されトボトボ自分の机に向かって歩く若い男性を他所に、支部長はこちらへと向い握手を求めてきた。応じない理由は無いので握手に応じる。その後は「まあまあ立ち話もなんだから」と応接室へ促され、資料一式を広げA氏と支部長とで組織に関して熱心に語った。話は創立についてから始まり、組織の意義や社会貢献に関して、信者数に関して、支部が全国にあり海外展開も視野に入れていること、成長中だが若手が居なくて困っているということなどを1時間あまりに渡って詳しく語っていた。私はマメにメモを取りつつ資料を眺めていた。どれも印刷は綺麗でかつ装丁は美しく、印刷には金が掛かるんだろうな、など余計な邪念がどこからともなく沸いて出て来る。

 「話も一通り終わったし、軽く中も見ていくか?」と支部長に言われたので折角なので見学させて頂くことにした。尤も見ていくとは言えワンフロアしかないので大したものではないのだが。

 

 応接室から出るなり先程の若い男性が紙束を抱えて支部長のもとへと駆けてきた。支部長はうるさそうにしていたが、仕方がないという様子で紙束を受け取り奥の自分の席へと戻った。結果として私はA氏に案内され支部を見学することになった。

 ここは合計で数十名程の信者数だろうか。信者とは言えやっていることは皆バラバラである。あるものは紙束とにらめっこしていた。A氏によると、あれは写経であり、代々先輩方から伝わる有り難い教えを写しているのだという。またあるものはモニタを見つめながら電卓を叩きガリガリと紙に数字を書き込んでいた。組織が大きいので事務作業も自分たちで修行の合間にこなさないといけないから億劫だ、とA氏は語った。また、あるものはひっきりなしに電話にかかっている。A氏いわく上との折衝でしょうとのことだ。ここではよくあることなのかもしれない。全体的に忙しそうで、せわしなくせかせかと人が動いている。かと思えば、椅子に腰掛け適当にお茶を歩いて回る中年の女性が居たりとチグハグな環境である。

 壁には一ヶ月の予定が書かれたホワイトボードが掛けられている他、目標と各個人の達成数が並べられていた。その脇を固めるようにポスターが張ってあり、「出来ない理由禁止!」だの「3ない言葉は禁句」だの「できない病にかかってない?」だの「仕事は5つの気が大事」だの掲げられている。

 職場をぐるりと回ったところで、急に奥の方から怒鳴り声が聴こえてきた。

 「何度言えばわかるんだ!」「だからお前というやつは」「若いやつはこれだから駄目なんだ」と、支部長が先刻の若い男性を怒鳴りつけている。どうやら紙束の内容についてらしい。若い男性は下を向いたままされるがままになっていた。支部長はその態度にも納得がいかなかったようで、「こんな事もできないやつはウチには要らん!」「お前みたいなやつは辞めちまえ!」と大声で怒鳴りつけていた。

 ついに若い男性が耐えかねたのか「そこまで言うなら辞めますよ!辞めればいいんでしょ?」と支部長を突き飛ばし鞄を抱え外に駆け出していった。

 唖然と見つめる私に対してA氏は「またか」という表情を浮かべ肩をすくめた。「よくあることです。お見苦しいところをお見せしてしまいすいませんでした」と一通り謝った後、A氏こう続けてきた。

 「いやー、最近若い人が足りなくて困っていたんですよ。みんな大企業ばっかり目指してウチみたいな中堅は気にもとめてくれないもんで、こうして見学に来てくれるだけでも有り難いもんです。最後に何か気になるところとか質問はありますか?ウチの支店だけでなくウチの会社全体についてでもいいし、この業界についてでも構わないから、気軽になんでも聞いてください!」

 何か具体的なやりがいってありますか?

  「やっぱりクライアントに感謝された時ですかね。まあ何十年と続けてきて数回しか無かったんですけど。あの時程救われた気分になったことはありませんね。やっぱりそれがやりがいなんだと思いますよ」

 

 

 これは、ある新興宗教を取材した際の話である。