旭駅本屋

SNSが普及しきった今日において、人々はなぜブログを使うのであろうか。

生まれの過ちと研修

 おはこんばんちわ。筆者です。今回は、生まれの過ちと研修ということでですね、ざっくりさっくりきっぱりすっきりと虚無研修について書いていきたいと思いまつ。

 ところで皆様は求職闘争のカチグミでしょうか?はたまたマケグミでしょうか。筆者は多分社会的にはカチグミの部類です。社会的にはというのもですね、これがまた試合に勝って勝負に負けたような状態であるためであります。転職してえ。

 

 転職したいと思ったら幾らカチグミに見えようが敗軍です

 

 メンタル削って仕事をするとどうなるか、証券外資コンサルを見れば明らかでしょう

 

 30代で家と墓を建てる、それでもカチグミになりたいのであれば止めはしません。しかし今一度吟味するのはアリです。入ってから信用情報使えるだけ使ってクレカやローンを組んだ上で転職、これも手でしょう。好機はいつでも貴方の側にあるのです。

 話は大きく逸れますが、生まれの過ちが生まれの正解社に入ることはそこまで難しくはありません。なぜなら生まれの正解社は採用数も多いため万国びっくり面白人間枠が存在するからです。生まれの過ちは大抵ペーパーは通るので、その先で気の触れた面接官に気に入られれば内定を得ることは難しくないでしょう。感覚的には地裁で「司法が生きている」タイプの裁判官を引き当てるくらいの確率で当てられます。なので地味に引けます。実際私も引けました。しかしこれで生まれの正解社に入って待ち受けているのは何かと言いますと、これが虚無研修なのであります。

 

 虚無研修、聞いただけだと「虚無なのかな?しかし流石にそんなこともないだろう」みたいに思うかもしれませんがご安心ください。

 

 ただの虚無です

 

 虚無研修は基本的に胡散臭さときな臭さに溢れています。人を騙すためのテクニックがふんだんに盛り込まれており、「これ生まれの正解社でやったところで鼻で笑われるだけなんじゃねえの?」みたいな疑念に襲われます。なんせ延々通販番組染みた謎の科学的知見の曲解やら、新興宗教染みた謎の語彙の再定義等が行われていくわけです。ヤバい。何が一番ヤバいかってそらそんなものを正気で売りさばく狂気に満ちたお気持ちコンサルに決まってるわけですが、とかくやべーやつなわけなのであります。

 ところで、虚無研修虚無研修と言ってる手前何も学べないように思えるのですが、実際問題中身が無いだけで何も学ぶものはないとは言い切れないわけです。学べることは確かにあるのです。その学べるものというのが、有難い忖度の概念なのであります。忖度、使う側からすればこれまで便利なことはないでしょう。なんせ相手が考えた通りに勝手にやってくれるのですから。機械じゃあるまいに、何を寝言をいっているのか。しかし世の中にはこれを本気で考え、主体性の概念を歪めてまで植え付けたい資本家が存在するわけであります。滅ぼすしかねぇ。主体性は忖度させることじゃねえぞ。

 しかしこの忖度ですが、非常に厳しいです。何せ虚無を与えるから忖度を返せというのであります。しかもただの忖度では許されない。特定の戻り値でないと不正だとしてエラーを出力するのであります。お前仕様書も寄越さねえのに仕様決めるんじゃねえぞ。アホかと。仕様があるなら仕様書寄越せよと。しかし仕様書を渡すとお前らのためにはならないからと頑なに仕様書の開示を拒むわけです。これが商取引なら裁判で負ける。

 しかし何故かお気持ちという概念でこれらを封殺していくのです。論理的かつ合理的に討議を重ねるべき場面でお気持ちを強要する。これほどアホ臭いことも無いでしょう。一番アホ臭いのは、それでいて自分のお気持ちを強要するのは止めましょうとか言ってくる辺りです。核強国がお前らは核開発止めろよwと言ってくるかのごとく、自分等を棚にあげ押し付けてくるのであります。対話の道は閉ざされているのであります。

 

 生まれの過ち人民にとって、忖度程非合理的でアホ臭い概念もないでしょう。しかし残念ながら生まれの正解人民は言葉もろくに理解できないアホの集まりであり、自分の考えを言葉にして表現することもままならない連中ばかりなのであります。残念なことに、この忖度研修が乗りきれないことには社会でまともに生きていくことは出来ないのであります。