旭駅本屋

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東京都を辞めた話

こんにちわ。筆者です。

退職エントリーが流行ってるので流れに乗って書きたいと思います。大体タイトル通りです。

ちなみに、筆者の場合は、学卒からの新卒で東京都建設局に入り、1年で辞めました。色々ありましたが、以下私見です。

 

1.東京都について

東京都について客観的に見た時どう見られているか、というと、基本的にポジティブなイメージばかりになると思います。安定してるとか、国と渡り合えるとか、そういうところがクローズアップされると思います。実際その通りではありつつも、それらは特に際立った能力は無くても血肉を捧げることのできる人がやってることです。基本的に、仕事面では小手先で効率よく成果を上げるよりも何かと血肉を捧げることを要求してきます。

 

新卒研修で偉い先輩方の話を聞かされる機会が多分に用意されているのですが、大体必ずどこかしらで体を一度壊しています。体ぶっ壊して入院してそれでもなお努め続けられる会社なんて今どき無いぞ、と言われそうなものですが、そもそも体を壊すレベルの仕事を要求するのがおかしいということに気が付かない人々が仕事をしていると考えて差し支えはないでしょう。

ちなみに、聞いた中で一番「ああ、ここやべーな」と思ったのは、難航していた道路事業で住民からボロクソ言われてもなお折衝を進め、完工した時に挨拶に向かったところ言われた「ありがとう」の言葉で涙が止まらなかった、という話を美談のごとく語っている姿を見た時でした。ボロクソに人格を否定してからコロッと肯定するのはよくある洗脳のパターンであることは、聡明な読者諸君に於いてはよく理解しているところだと思います。それを、さも素晴らしいことのように語る職員が居て、かつそれを新卒向けの研修で話すことにGoサインを出す上長が居る環境が東京都です。

 

 

2.何故東京都を辞めたのか

血肉を捧げる価値を見いだせなかった、という部分に尽きます。

組織は厳格な階層構造になっており、基本的に上は選択することに専念し、下は選択を通す案を作ることに専念します。ここで、基本的に下は上の話を忖度しつつ、委託事業者から上がってくる話を練りながら先行事例の書類をパクりつつ決裁をもらう書類を錬成します。上はそれを眺めハンコを押すか押さないかを決める。基本的にはそれがどこでも起こっていると言って差し支えないでしょう。

勘のいい人は気がつくと思うのですが、基本的に何かを調べてそれを取り入れる、といった類のことができる余地が用意されていないのです。どのレイヤーに行ったところで、入札で計画者を募る、要綱を作るといった仕事しか無いのです。おそらくこれは技官だからで、文官だともう少し泥臭い住民折衝とかがあるのかもしれないのですが、基本的に住民の意見や最新の技術やらそういうものを取り入れつつ計画を作る、という選択肢が用意されていません。決裁もらって業者に計画してもらい、その計画通りに別の業者に発注するという仕事を延々続けます。

先述の血肉を捧げ何を失ってでも精神に加え、自分で何か調べて実践するという環境が用意されていない、という閉塞感から、3ヶ月程度で転職を決意しました。

 

まあ最終的には職場でのミスから飲み会で「辞表を出せ」と言われたので、これ幸いに辞表を送りつけて辞めた(結局この辞表は止められたものの紆余曲折の末辞めた)のですが、辞めた大きな理由は2つです。

そんな感じで、筆者は東京都を辞めました。

 

ちなみに、優秀な情報系はGAFAへの道が開かれているらしいですが、筆者の先行である土木系にはGAFAなどという恵まれたものはなかったので素直にIT土方に潜り込みました。ITを選んだ理由は、土木以外にできることがそれくらいしか無かったから、というところからでした。結果、良い会社に入れたと考えています。

いちいち決裁貰ってコンサルに計画上げてもらわないと何も出来ない官公庁より、自分で調べて手を動かして働ける環境のほうがやりがいもモチベも上がります。給与も上がった(額面21→額面30)ので最早何の文句も無いです。