旭駅本屋

SNSが普及しきった今日において、人々はなぜブログを使うのであろうか。

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TOKYO 2020

 2020年7月24日。東京オリンピックは何事も無かったかのように開幕を迎えた。環状2号線が不自然に曲がっていることも、その裏に進められない工事が進まないことに対して何も出来ずただ呆然とする主事をいびる部長課長が居たことも、はたまた新国立競技場の現場監督が過労自殺したことも、東京ビックサイトが長期間閉鎖され技術系イベントが軒並み開催できなくなったことも、政府が掲げた世界に対し恥のない国を目指すなどという漠然とした目標も、全て何事も無かったかのようだ。世間は世界的なお祭りだという浮足立った空気に呑まれ、誰も彼もがその祭典を祝い「ホームなんだし過去最大数の金メダルが欲しいよね」などと語りあっている。まったく市民は阿呆であり、呑気であり、無邪気なものである。

 同日未明、突如としてインターネット上に投稿されたそのファイルは、ネット住民らによって瞬く間に、しかしながらひっそりと話題になっていた。そのファイルは、報告文書とみられる多数のリスト(これらは主にexlファイルであった)と決裁文書の写しと思われるpdfに、Readmeとも手記とも如何ともつかないtxtファイルが添付されていた圧縮ファイルであった。以下はそのtxtファイルの概要である。

 

 2018年4月某日。

 海賊版サイトのブロッキングを行うにあたり、法整備の検討を行うために各省庁の担当者を集めて内閣府隷下に本部を設置するとのことで突如招集がかけられた。臨時措置として通信事業者に自主的に複数の海賊版サイトへのアクセス遮断を要請しているが、これを法的に制度化出来るよう関連法案とのすり合わせを行ってほしいという。自分以外にも総務省から数人、法務省から数人、警察庁から数人、文部科学省から数人の出向者が居た。同日中央合同庁舎第2号館の会議室の一つを間借りする形で本部が設置された。

 

 2018年6月某日

 民間事業者や議員へのヒアリングも大方済ませ、海賊版サイトのブロッキングに関する法案

 

 2018年末

 海賊版サイトのブロッキングに関する法案が正式に採択され、各プロバイダは法の下にサイトのブロッキングを行うことになった。合わせて関係各省庁と折衝を行ってきた所轄部署についても、総務省内に新たに設置し各省庁から出向者を受け入れる方向で固まってきた。

 

 2019年4月某日

 総務省内に正式に所轄部署が創設された。課長は野心的な人であり、2020年の東京オリンピックまでに課の影響力を拡大させることを目標に掲げていた。その手始めとして、海賊版サイトのさらなるブロッキングの検討に手を付けるよう指示した。

 

 2019年6月某日

 海賊版サイトも既に数十がブロックされ利用率の多いものは大方アクセス出来ないようになった。反面日々新しいサービスが開始されるので早くもいたちごっこと化してきた。施行令の改正だけではとてもじゃないが追いつけないと、キーワードでブロッキングすることを検討し始めた。

 

 2019年8月某日

 キーワードの洗い出しと法改正に関する民間事業者及び議員へのヒアリングが終了した。多少の反対こそあれど、概ね法案は通過しそうである。この頃にもなると、省内で真理省と呼ばれるようになっていた。

 

 2019年末

 NGワードが増加しすぎて既に通常業務に支障をきたすようになっている。流石にやりすぎてはないのか。

 

 2020年4月某日

 東京オリンピックを目前に控え、日本が世界に対して恥のないような国家であるために、更にブロッキングを強化することになった。今回の改正で、政府にとって優良なサイトのみが国内から閲覧できるようになる。この施行令が通過すれば、インターネット上でアクセス出来るサイトを探すほうが困難になるかもしれない。今でもニュースを見るだけでVPNを使って英語の記事を探すしかないというのに、これ以上何をしようというのか。課長は次長の席を狙い実績を上げることしか頭にないし、世界に対し恥のない国を目指すという大義名分が示されている手前誰もこの状態を止めようとはしない。

 

 2020年6月某日

 辞表を提出。

 

 

 文章はここで終わっていた。

 

 2020 TOKIO

 そこは素晴らしい文化都市であり、さながら人類文明のショーウインドウのようであったという。