旭駅本屋

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日記

「日本酒が飲みたい」そう思った。

疫病蔓延るこの世の中、いつも贔屓にしている東京駅の中にある酒屋は休業していた。

別に日本酒に限らず酒は酒と、近所のコンビニで鬼レモンやビールを買い、近所のカクヤスでウイスキーを買い、近所のスーパーでコロナを買って飲んで暮らしていたが、流石に1ヶ月以上も飲んでいないとたまには飲みたくなるものなのだ。
だもんでコンビニで適当に2合瓶を買って開けたのだが、コンビニで飲める日本酒のテンプレみたいな日本酒に過ぎず、ただただ無為に日本酒欲を刺激されるばかりであった。

余談だが、コンビニ酒はたこわさと合わせて飲むと非常にうまかった。
どちらも味の主張が強いのだが、両者の味の強さを互いに相殺しあっており、その味の刺激がもう一方の呼び水となり、無限につまみと酒が消えていく極めて良い組み合わせとなっていた。
しかしこれもたこわさと日本酒、両者をタイミングを合わせつつ食べる必要があり、それはそれで難しさのあるものであった。
カレーとライスの分配で悩むことも多いが、つまみと酒の分配でまさか頭を悩ませる日が来るとは思いもよらなかったのである。
それもそのはず、筆者は基本日本酒に限らず酒は酒単体で飲むことが多いからだ。今回飲みたい日本酒も、組み合わせで光るものではなく、ただそれ単体を飲んで無限にしあわせスパイラルに入れるようなものでなければならない。

であるならば、矢張りそれ相応にしっかりとした酒屋で買うべきなのだろう。

 

いくつか市内の酒屋に心当たりはある。
亀戸には先刻の東京駅の駅ナカにある酒屋の本店がある。
御徒町にも面白い酒を揃える酒屋がある。
四谷には地下に冷蔵庫を配置したそこそこ大きい酒屋がある。
しかし何れもそこそこ大きい酒屋だし、何よりそれだけのために行くのも憚られる。しかし日本酒は飲みたい。

 

そこでふと思い出したのが、近所のインディーズの酒屋であった。
メビウスとかのタバコの看板が掲げられてたり、お菓子が売っていたり、清涼飲料水の冷蔵庫が屹立したりしている、あの狭い何屋か微妙にわからない酒屋だ。
昭和の置き土産とも言えるあの旧態依然とした野暮ったい酒屋は令和の世の中では絶滅危惧種と目されてもおかしくないところであるが、実のところ市内には掃いて捨てるほど存在しているのである。実を言うと筆者の生活圏(自転車利用)でも少なくとも2件確認している。
普段なら、そんなインディーズの酒屋には行くことはないのだ。なんせカードも電子マネーも使えないので、会社の帰り際や外出のついでに寄って買っていくにはつらいからだ。筆者はキャッシュレスとキャッシュロスを推進している。なので基本財布は持ち歩いていない。ゆえに、こういったインディーズ系のお店は極めてハードルが高いのである。
しかし今は状況が状況である。やむをえまいと3千円ばかし財布に突っ込み、自転車を漕いで酒屋に向かった。

 

酒屋は国電の駅前にある。

駅前をふらついているときに偶然見つけたが、そのときは残念なことに財布を持ち合わせていなかったので何も買わずに帰った記憶がある。
しかし、デカいガラス張りの冷蔵庫があったことはよく覚えている。あれがある酒屋はなかなか希少だ。常識的な酒屋ならあって然るべき装備であるし、実際酒屋の足切りポイントとしてみるとわりといい線で区切れる装備だと思う。
尤も、そこになんの酒を入れるかはそれはそれで店の裁量だ。求めている酒があるかは行ってみないことにはわからない。

 

目的の酒屋は、やや古びたビルの一角でいつもと変わらず営業していた。
何分GoogleMapにも載っていないので、開いているかどうかは今ひとつ自信がなかった。最悪臨時休業でもやむなしと思っていたが、杞憂だったようだ。
レジにはおばさんが、店の奥では椅子に腰掛けた店主と思しきおっちゃんがデンと構えていた。前来たときはおばさんだけだったので、配達などの都合かもしれない。
軽く会釈をして入った。
手前側は基本、食品や、清涼飲料水やタバコなんかがあるものだ。目もくれず奥に行きたいところではあったが、入荷しましたとデカデカと消毒用にも利用できる70度くらいある酒が陳列されており、思わず目を奪われる。
それ昨日入ったんですよと声を掛けてくれる。気にはなるが、何より手持ちのカネをあまり持ってきていないのが痛い。買っても一本だけだと思って持ってきたのだが、こんな伏兵を用意しているとは思わなかった。これは結構痛いところだ。

気になりつつも、金がなくなると厳しいので奥の冷蔵庫に目をやる。

生原酒、濁酒、純米生原酒等々、あからさまに冷やさないとまずい酒がちゃんと冷蔵庫に入って並べられていた。並んでいるのも自分が今まで見たことのない銘柄がほとんどだった。尤も、銘柄で買うことがまず無いのでなんの意味もないが。

特約店との付き合いを大事にしてるんかもなぁと思いながら、生酒ばかり十何種も入っている棚を眺める。見ているとどれもうまそうに見えてくるので駄目だ。何よりこの前にそこまでうまくない本醸造のコンビニ酒を飲んだばかりなので、生酒というだけでどれを買っても最高にハイになれる気がしてくる。

決め手という決めてが自分の中でなかったので、一つ濁酒を選ぶことにした。濁酒は2回位飲んでいるが未だにどういう味なのかイマイチ理解が出来ない。何分味の幅が広くて広いのだ。なのでここは一つ更に見聞を広めるため濁酒にしよう。そう心に決めた。

その上で消毒液を改めて眺めた。

「それはね、ジェルと違ってベタつかなくて良いんですよ」

奥からおっちゃんがそう紹介してくれた。ジェルのベタつくのは自分も割と嫌いだったので、であれば買うしかねぇなと決意したいところだった。知的探究心を満たすために純粋な興味本位で飲みたいというのもある。が、問題はカネである。

値段を確認した。

値札がなかった。

瓶に何かシールが張ってあった。

\1800

値札だろう。

さっきの濁酒は1050円だったはずだ。

これならいける。

「まだまだ消毒とか気をつけないといけないですからね」

「昨日39の県で制限が解除されるって話がありましたけど、東京はまだですからね」

そういって、飲用可能な消毒液を手にとった。

「その消毒液はなんか小さめの霧吹きみたいなのに入れておくと便利ですよ。掛けてもベタベタしないしね」

確かに便利そうだ。

「脱脂綿とかに含ませて拭いても良いかもしれないですね」

そう言いつつ濁酒を手にとりレジへ向かった。

「これとこれお願いします」

 

価格は税抜だった。

一瞬肝が冷えたが、2955円の表示を見てホット胸をなでおろした。

いい買い物をした。久々に人と話した気がした。

再び自転車にまたがり、家に帰った。

 

開けた濁酒は甘酸っぱい味がした。甘酸っぱい濁酒は初めて飲むので意外だったが、日本酒と成分はそう変わらないのであり得なくはない話だ。

飲用の消毒液はスルスル飲めるので結構危険な酒だということに気がついた。なお今の所消毒目的ではほとんど利用していない。消毒できているのは食道と胃腸くらいだろう。

4合は週末で空になった。もちろん濁酒の方である。消毒液四合を週末で飲み干したら救急車送りは免れないだろう。

今週末もまた旨い酒でも飲みたい。

人間、残念なことに妙な方向に学習してしまうものだ。

週明けにまた自転車でその酒屋に向かっていた。

「また日本酒かい?」

そうおっちゃんに言われた。全くその通りである。

「前回買ってたのはこれだね。似たようなのだとここらへんかな」

などとおすすめされつつ、新しい酒を買うのであった。