ロボット工学三原則
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
— 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版
1が出れば2が出る。上が出れば下が出る(たまに中が出ることもあるが)。この記事は前回の続きであるが、ご覧いただけば分かる通り前回の記事には続編を伺わせるような記載は頓と無い。何故か。簡単だ。筆者の書く気力がなくなった時即座にハシゴを下ろせるようにだ。退路はあればあるだけ楽になる。下手に前編とか書いてしまって続編を煽られるよりは何も書かない方がよっぽど賢い。
というわけで、今回も前回同様”彼”が活躍する話になる。読者諸兄は前回の話を読破したことを前提に話を進めていくのでご容赦頂きたく思う。
彼はロボットのように正確に仕事をこなした。正確無比に素早く仕事をこなす者に対して日本の組織が行うことは決まって昇進である。この社会ではマネジメント能力よりも仕事をこなす能力或いは政治力によって昇進が決まってくるのである。仕事ができても多勢を統べることが出来るとは限らないのに、まったく不思議なシステムである。しかし彼の昇進には周りから少なくない反発があった。あったが首長の「いいじゃん、面白そうだし」という鶴の一声であっさり昇進が決まったのである。一番の反対派だった部長も首長の命令に従わないわけにはいかないので渋々賛成することになった。こうして、彼は係長に昇進したのである。
「では、張り切っていきましょう!」
始業のチャイムが鳴ると彼はそう言った。部下が居ない時には使いようもなかった語彙を駆使してコミュニケーションを図っていく。部下を持てば当然質問される。彼は人一倍仕事が出来たので、群を抜いて質問された。
「係長、この書類についてなんですが、今質問大丈夫ですか?」
「はーい!」
「ここの部分がちょっとわからなくて……調べてみたんですけどそれでもさっぱりなので教えていただけてないですか?」
「簡単ですよ。せっかくなんで、お手本を見せますね」
そう言ってスルスルと雛形を作っていく。
「覚えてくださいね!」
そう言って出来上がった書類を渡した。
「ありがとうございます!」
ノーマルコミュニケーション。そういう概念がしっくり来るような応対である。
部下を持つと当然部下の進捗管理を行わなければならなくなる。それがマネジメントというものだ。上司たるもの、マネジメントを放棄するのはいかなる理由があろうとも許されていいものではない。
「どうですか?」
「えっ」
「いや、どうなのかなぁって」
「あー、進捗ですか?来週末までに決済とらないといといけない書類はなんとか間に合いそうな感じですね。他はルーチンなんでどうにかなるかと思います」
「んー、なんだか微妙な感じ」
「微妙ですか……?」
「何か厳しー。。僕、心配だなぁ」
「うーん……どうにか今週末には決済回せるように多少荒くても形だけは作っちゃう方が良いですかね」
「さすが!頑張りすぎないでくださいね」
「はーい」
滞りなく各プロセスが進んでこそ仕事は前に進んでいく。だからこそ、マネジメントの能力は重要になってくるのだ。部下との付き合いとも重要だが、上司とのかかわり合いもまた重要なのである。ここでうまく行かないと、その部署には一気にしわ寄せが雪崩込んでくることになる。
「君、ちょっといいかね」
「お疲れ様です」
「この起案なんだけどね、ここを直して欲しいんだよ。出来れば今日中に」
「ええっー?それ、マジですか?」
「ちょっと明日急な出張が入ってね。今日中に決済しておきたいんだ」
「厳しいなぁ。。時間ない。。」
「どうにかならんのかね?」
「今はこれが精一杯だよ。。」
「しかし先延ばしにするのもなぁ」
「ええっ、そう言わずにお願いしますよ!」
「明日一緒に持って行きたかったが……仕方ない。明後日までにしよう。ただし明後日までにちゃんと直して出してくれよ!」
「お任せください!頑張ってみますね!」
「”みます”じゃなくて頑張ってくれよ頼んだぞ」
「おっと、失礼しました!では、張り切っていきましょう!」
なんとか乗り切ったようだ。中間管理職はイエスマンでは務まらない。かといって上司の機嫌を損ねるわけにもいかない。難しい舵取りが要求されるのである。
「お疲れ様です」
今日もまた無事に一日が終わる。レイヤーは変わってもやることは同じだ。適切な問いに適切に返答する。そしてそれはそのレイヤーを逸脱してはならない。それが組織に勤める人間の務めだ。レイヤーを逸脱した行為を行うと爪弾きに遭う。それは免疫細胞が細菌やウイルスを攻撃するのと同じことだ。いつだって組織は組織のルールに従順な者を求めている。そうでないものは組織に害をなすものでしかないのだ。