旭駅本屋

SNSが普及しきった今日において、人々はなぜブログを使うのであろうか。

日帰りでますのすしを食べに行った話(前編)

 冬も終わり春を迎えそろそろ4月というこの3月の下旬、読者の皆様はいかがお過ごしであろうか。就活真っ最中の人、卒業式を迎えた人、旅に出る人、おうちでゴロゴロしている人、様々な人がいると思う。かくいう私も旅行に出る人の一人であった筈なのである。筈というのも、同期と卒業旅行にドライブに行こうと3月頭に決めたは良いものの、予定だの行き先だのなんだので有耶無耶になり結局ご破産となっしまったためである。ここで旅行用の資金をプールしておいた上に、どうせ行くからと個人旅行も控えていた身としては如何ともしがたい状況に置かれてしまったのだ。

 ところで皆々様におかれましてはTwitterの投票機能をどのように活用しているであろうか?筆者は阿呆なので大体こういうごく下らないことに投票機能を活用してしまうのである。

 

 

 これは家で過ごすのも癪だしどこか行くかと意を決したはいいものの、特に行く宛も無かったのでツイの投票で決めてしまおうという非常に浅はかな考えの下投下されたツイである。本記事は、このアホみたいなツイから始まったアホな旅の記録である。

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1枚の写真から

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 読者諸兄は1989年に行われた横浜博覧会はご存知であろうか。余談だが、筆者はそもそも生まれてすらいないのでほぼ一切のことを知らない。今回は、横浜博覧会の時に旅客営業を行った臨港線とその跡地を利用した遊歩道である汽車道についての話である。

 

 

 筆者は時折横浜港に赴いては、汽車道を歩き横浜港の歴史やここを旅客列車が走った日に思いを寄せたものである。汽車道は、桜木町駅付近にある帆船日本丸付近からワールドポーターズ付近まで伸びている遊歩道である。この写真は、その汽車道にある港1号橋梁の手前から帆船日本丸方面に向かって撮ったものである。

 

 ところで、筆者は何かでこの汽車道の線路がただのイミテーションであると聞いたことがあった。メンテも面倒だろうしそうなのだろうと当時は何の疑いもなく思っていたし、最近までずっとそう考えていたくらいである。ところが、2016年の6月に思いがけない事態に遭遇することになったのである。それは、汽車道のボードウォーク部分の工事である。ここで私は衝撃の事実に直面することとなる。

 

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 そう、あの遊歩道の下に本物の線路が埋まっていたのである。

 勿論先入観からして疑って掛かっていたのでまじまじと観察していたのだが、わざわざご丁寧に枕木を敷いてそこに犬釘で固定してあり、イミテーションでここまでは流石にやらないだろうと考え、ここにあるのは本物の線路なのだと一人納得していたものである。

 

 さて、読者の皆々様にはここで、もう一枚写真を見て頂きたい。本記事は、Wikipediaでこの写真を見て違和感を覚えたことに始まるのである。

 File:Yokohama Rinko Line.jpg - Wikimedia Commons

 こちらは、Wikimedia Commonsにアップロードされている一枚の写真である。これは、横浜博覧会当時、桜木町駅付近の日本丸駅から山下公園駅まで旅客運行を行っていた臨港貨物線を走る気動車を写したものである。撮影地は帆船日本丸付近であり、港1号橋梁を走行する姿が写されている。

 さて、ここまで都合3枚の写真を見て頂いたのだが、勘の良い読者はお気づきになったかもしれない。それは、少なくとも港1号橋梁上の線路は汽車道のためだけに敷設されたものであるということである。

 土地勘がないと理解できない気もしないでもないので、ここでは空中写真と共に理解を深めたいと思う。

 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=987196

 http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1046471

 上が1977/11/12の横浜港新港埠頭*1を含む領域の航空写真、同様に、下のは1988/11/06のものである。汽車道の大凡の位置はGoogleMap等と照らし合わせればお分かりいただけると思う。これら航空写真より、1977年においては複線で共用されていた新港埠頭までの臨港線が、1988年の時点では桜木町駅よりの端が単線になっていることが読み取れると思う。解像度が多少低い上に1988年のものは撮影時間的に読み取りづらいものの、日本丸駅の上屋の位置が南よりであることから南側の線路のみ共用されていることが推測できる。そしてこれはWikimedia Commonsにアップロードされている写真の位置関係とも合致するのである。

 

 続いてGoogleMapを確認したい。 マーカーの西側にあるのが今回嫌になるほど見ていただいた港1号橋梁である。北側にレールが敷設されていることがお分かりいただけると思う。空中写真からでは見づらいのであればストリートビューで見て頂ければわかるのだが、何れにせよ博覧会の時に供用された南側ではないのだ。

 

 

 ちなみに、便利なことに、今の世の中動画で残ってたりもするものである。

www.youtube.com

 ここまで確認していただいて大体ご理解頂けたと思う。汽車道の少なくとも港1号橋梁部分の線路に関しては、複線で供用されていた線路のうち北側を引き剥がし、更に南側の線路まで引き剥がし、その上で新たに北側に今の線路を敷設したということである。何故そんなまどろっこしいことをしたのか。市役所の港湾局ないしは都市整備局ないしは環境創造局に問い合わせれば何かしらの返答が得られそうではあるが、流石に面倒くさいので深追いはしない。

 

 ここまで無駄な労力を惜しげもなく使い、思い通りの結論を見いだせたわけだが、つくづく思うことがある。過去のこと、それも自分の生まれてない時代のことを調べるのは骨が折れるということを。

 とはいうものの、今回のものはたかだか28年前の出来事である以上、ここまで資料を集めずとも趣味者に聞けば秒で返答が帰って来たであろうが。

 

追記:

 賢明なるフォロワー諸兄より、有力な情報が寄せられた。

 施工記録とあるが、内容的にはそんな大それたものではない。おおよそ国交省港湾局が制作した全国の港湾緑地事業ないしは横浜港の港湾緑地事業に関する資料であろう。付番が13であることから、恐らくこの他にも12件以上特徴的な事業について取り上げられているものと考えられる。個人的にはそちらの資料も是非見てみたいものだ。

 さて、では資料の内容にうつろう。汽車道は港湾事業かつ新規事業であり、事業主体は横浜市である。先述のように新港埠頭地区への臨港線として整備され、跡地がみなとみらい地区の整備の一環として整備、供用されたのが汽車道である。

 ②汽車道(プロムナード)の整備の内容
新港ふ頭への貨物輸送を目的に敷設された臨港鉄道跡地を、延長 500mのプロムナードとして整備している。敷設当時のアメリカ製のトラス橋を改修した上で保存活用したほか、線路をボードウォーク内に残し、貨物輸送で活躍していた当時の雰囲気と、水辺と一体となった景観を創出している。

p.p.4-417

  うーん、なんかよくわかんなくなってきたぞ。資料的には線路は引き剥がさなかったようなことになっている。事実p.p.4-420の整備前写真の2段めである、港一号橋梁の先から港二号橋梁を望む写真にはレールが残っていて、それを活用したかのような表現がなされている。実際のところは、曲線と枕木から日本丸駅から港1号橋梁を渡った先にあった分岐部であり、現在最も跡形のない部分と言っても差し支えない箇所である。

 結局、よくわからないことが増えたというのが率直なところである。

 一方で、何故北側の線路を利用するに至ったのかは、多くの箇所では南側の線路を引き剥がしてしまったためえだると仮定することは出来そうである。

 しかし、そうであれ港1号橋梁の線路まで曲線で繋げばいいだけの話であり、わざわざ引き直した理由はよくわからないものである。

*1:大体今の赤レンガパークのある辺り。横浜港の中でも一際歴史のある埠頭であり、かつてはここが横浜港の拠点であった。

課題を前にして掃除を始めることってあるよね

 勉強をしようといざ机に向かう時、目の前に広がる無限のゴミとも資料ともつかぬ物質を前に人は思うのである。掃除をしよう、と。これは作業スペースもファイルそのものも全て電子化された昨今においても同様である。

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オタクはすぐ本棚を飽和させる

 オタクオタクと一口に言えど、オタクらを十把一絡げに語るのは危険である。おたく族は何でもかんでも対象にし始めるためそれらの領域は広範に渡り普遍的な要素を抽出するのが困難であるためだ。しかしこれだけはどの領域のオタクらにも共通している事柄ではないかと思う。それは、本棚がすぐ埋まることである。

 

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ぱらのま(1)を読んだオタク

追記:最近検索サイトからのアクセスが増えてるように思う。恐らく"ぱらのま"がどういうマンガなのか知りたくて辿り着いたのだろう。筆者は普段この手の記事を書かないため参考になることが書けているか不安ではあるが、皆々様がこの記事を読んで気になって頂けたら何よりであると思うものである。

 

 

 皆々様方におかれましては、旅先でついついやってしまうことは無いだろうか。筆者は、酒屋を探す、スーパーを覗く、メロブに入るが旅先でついついやってしまうことTOP3である。本記事は、旅先で何気なく入ったメロブで何気なく手に取ってしまった漫画のレビュー記事のような何かである。

 

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冬なのに雪を見た記憶がない

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 というかそもそも最近旅に出た記憶がない。

  

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弊ブログの紹介

 昨日の記事*1を読み返してふと思うのである。

 

 「これ、ただの思い出話であってブログの紹介ではないのでは?」

 

 そう、私は重要なことに気がついたのだ。主軸となるコンテンツがどうのこうの以前に、ここを訪れるものはまず私がどのような人物であるということを知らない可能性もあるということを。そして、基本的にブログや個人サイトは基本的にそのような「管理人について」なるページが存在するということに。

 

  そこで、本記事では、大きく2節にわけて紹介を行うこととする。まず最初に、筆者についての軽い紹介を行う。続いて、弊ブログについての紹介を行う。そして、弊ブログの運営の方針をたて、本記事を終える。

 

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