旭駅本屋

SNSが普及しきった今日において、人々はなぜブログを使うのであろうか。

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工業専用地域

工業専用地域。それは用途地域の中で唯一住宅の建設が禁止されている地域。
東京をぼちぼち歩いていて思った。
工業専用地域が無いのだ。
あって精々準工業地域。一応調べたら新木場や昭和島や城南島や10号地にもあるらしい。あるらしいが矢張りもっとデカくていい感じのやつを拝みたくなるわけだ。

 

というわけで行った。

 

 

2021/11/27

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多摩川のあける空から きこえるやさしい鳥の歌

せっかくなのでと南武線のボロ架線柱を集鋲するためにと武蔵小杉に来ていた。この武蔵小杉駅をちゃんとした理由で使う日が来るとはなぁ。

南武線に乗り換え適当なタイミングで降りて集鋲すればええやろと思い、適当に乗ったところで降りたのが向河原である。

 

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至って南武線らしい駅である。跨線橋のトラスが緑な辺りが南武線っぽいポイントな気がする。国電なのか民鉄なのかだんだんわからなくなってくる微妙な微妙さがこの路線の良さだと筆者は思うものだ。快速も出来て、高架化もだんだんいい具合に進んできて、段々とそれっぽさが消えつつある気もしないでもないが、未だに残っているところはバリバリ残っているということらしい。

 

 

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ほほえみは光のシャワー さわやかに心洗うよ

 

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駅本屋は塗り直したり色々されているらしいが木造の古いもののようで、いつ頃嵌められたかもわからんステンドグラスが輝いていたりした。

バカみたいにデカいNECを拝みつつ、出てすぐ南武線に沿って歩くと目的のアレが出てくる。

 

 

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南武線の象徴と言って差し支えない、オンボロ架線柱である。手前に立派なコンクリート架線柱が見える辺りで大体お察しいただけると思うが、JRは割と古い鋼製架線柱の更新にもちゃんと力を入れているようで、なんならこの辺りも割とコンクリート柱の架線柱が植わっていたりする。

ではなんでここは鋼製のままなのかというと、多分上に架線が張ってあるのが問題なのだろう。

 

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なんか両者面倒には面倒なのはわかっているものの、解消も結構面倒なのでなあななで今まで温存されてきているんじゃないかという気がしてくる。東電は東電で電線を地中化して用地を整理するといい具合になる場合が多いものの、直下は鉄道用地なので別にうま味はなく、JRはJRで支障移設といって地下化するにも鉄道線を止めるわけにも行くはずもなく。多分この形が一番安上がりなんだろう。

 

 

向河原の散策を切り上げ、別の駅に向かった。他にもなにかあるならまあ撮っておきたいところ……

と思って降りたのが鹿島田である。早い。

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さっきと同じくらいの太い鋼製の架線柱があった。

上なんか切ってるんかなぁと思っていたがどうもそのようで、中原変電所から川崎変電所まで東電中原線が上を通っていたらしい。

 

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なんでまた架線柱にトランスが……?とか思っていたりした。

普段まじまじと観察しないので普通の架線柱にあったかさえよくわからないというのが率直なところである。

 

 

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というわけで尻手に来ていた。目的地はあくまでも工業専用地域であり、架線柱の集鋲は目的そのものではない。で、工業専用地域でいい感じのところというとどこかと言えばそれはもう鶴見線沿線であり、ここまで来たなら南武支線で行くべきものだろうというところである。南武支線は20分後くらいだったが、40分間隔なのでかなりマシな接続といえた。大分間隔が狂ってる。

 

南武支線自体は乗客は多いらしい。

結構な客が吐き出されてきて、そこにそこそこの人数が乗り込んだ。どこで降りるのかと見ていたら大体が小田栄で降りていった。戦略的新駅なだけのことはある。乗換案内で見る感じには扇町行き列車に3分で接続するらしいので、浜川崎で急ぎ乗り継いだ。

 

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オレンジ色の自動きっぷうりばの看板も見なくなって久しい気がしていた。その割には券売機自体は結構新し目のようだ。

 

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扇町駅は工業専用地域に囲まれるような立地の駅である。上屋を支える柱は鋲打ちのもので、昔からあるんだろうなぁ感を醸し出していた。貨物線の上に掛かる送電鉄塔兼架線柱みたいなやつにはすでに架空線は無く、いずれ撤去されるのではないかと思えんばかりであった。

 

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扇町まで来て腹が減ってきた。

どうにもいい感じの接続で川崎駅方面へ抜ける臨港バスがあったので、それで扇町を後にした。

GoogleMapで調べるとバスで10分ほど行った辺りにうまい家系ラーメンがあるらしい。ちょうどよかったのでそこに向かった。

家系はいい感じだった。やはり久々の家系は最高である。家系はおふくろの味と言っても差し支えなかろう。

 

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三井埠頭行きのバスで扇町に戻る。
橋の上から工業専用地域をパシャパシャした。

この辺りは鉄鋼系の工場が多いのでか、運河に張り出したクレーンがあったり、そこかしこにパイプラインが張り巡らされている。日本鋼管の製鉄所にはかつては構内を結ぶ専用鉄道だったと思しきトラスが掛かる。ちなみにその隣には公道を跨ぐ道路橋が掛かっている。

矢張り工業専用地域は良い。空気は悪いが、それ以外は大体良い。人が居ないのが一番良い。

 

 

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工業地帯にありがちな地図やら企業の名前が並んでいるやつを見て高まっていた。やっぱこういうものがあると良い。

長らく工業専用地域の近傍に住んでいたこともあり、矢張りこういうものを摂取すると高まるものがある。工業専用地域からしか摂取できない栄養素はあると思う。工場と途切れること無く幹線道路をゆく大型トラックが筆者の抱く郷里のイメージである。郷里が大自然に囲まれていない人も当然いるはずであるが、だからといってこれが郷里というのも中々無い部類だと思う。旅行をしまくってやっと郷里の独自性というものに思いを寄せるようになった。

 

 

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コリアタウンという割に焼肉屋しかない一帯を通り、桜川公園に向かった。

 

 

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桜川公園には川崎市電の廃車体がある。
せっかくここまで来たのだからと拝んだ。

車体にはめっちゃ説得力のある看板が貼られていた。手元の写真を見返すと、どうにも8年前にも一度訪れている場所であるようだ。が、やはりというか、やや草臥れているように見えた。サビも多少浮いているし。

年月の経過というものは残酷なものである。見れるものは美麗なうちに見に行くのが良い。

 

 

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8年前の川崎市電。この頃はキレイだった。当然窓も割れていない。

桜川公園近傍のライフでアクエリアスを買い、とりあえず水江町に向かった。

 

 

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水江町に来ていた。

工業専用地域は矢張り良い。
良いが、無だ。
水江町はかなりんがあるかと思っていたが、線路から引っ剥がされていた。廃線になっていたらしい。調べたら17年には廃止になっているようだ。時の流れは残酷なものである。

線路もなければただただ広い工業地帯を無になりながら歩き続けるのも無だった。なのでこれ以上の散策を打ち切り、割と入口付近ではあったが市バスで川崎駅に戻った。

 

川崎駅前のバスターミナルというと、鋼管通やら浮島やら東扇島循環やら、それっぽい名前の行き先のバスが屯しており否が応でも高まるスポットとして名高い。が、それを見るのは今回の目的では特に無いので、そのままJRの駅に行き、京浜線に乗った。

 

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川崎から一駅。鶴見に来ていた。
鶴見は関東電鉄のターミナル駅の一つになるはずだった駅である。
はずだった、というだけなだけあり、未だに異彩を放つ国電として70年やってきているわけだ。緩やかに描く優美なカーブがそれっぽさを醸し出しているが、実際のところこれは多分国電になってからこうなったものと思われるのでなんとも言えない。鶴見線ホームの柱は見ている感じ元々分厚いモルタルの壁っぽく、それを強引にブチ抜いて繋げているようにも思えた。

 

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鶴見線鶴見駅は元々が鶴見臨港鉄道の一大ターミナルだったこともあり、曲線で構成された中々見ないいい感じの高架駅舎である。階段部が筒状になっていたりする辺りに中々電鉄っぽさがある。ホームの上屋を支える鋼製の柱もいい感じに曲線で、中々優美な雰囲気になっている。

 

 

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浜川崎行きで数駅、浅野に来ていた。
浅野の架線柱も中々に雰囲気のあるものであった。古いようでいて昭和41年製っぽく、まだまだっぽさそうだった。

駅前には酒屋があり、角打ちをやっているのか店先に椅子と卓らしきものが据えられていた。平日はそこそこ賑わうのかもしれない。角打ちに惹かれつつもこの先があるので南に向かった。

 

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神奈川県は意外と米軍基地が多い。地元民にとっては意外でもなんでも無いのだが、米軍基地=沖縄みたいな民は結構多いのでやはりここはちゃんと発信していくべきなのだろう。街からちょっと歩いた先が米領というのはまあまあある。それが横浜。そういう土地なのだ。戦後すぐは今よりはるかに酷かったらしいのでかなりマシではある。

 

 

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安善町のバス停が中々概念的エモさだった。未だにこういうのあるんやなぁ。横浜市内にこういう土地があるのは新しい発見である。

ちなみに隣は米領である。

 

 

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星条旗たなびく米領にもコロナ禍の波が来ているらしい。コロナウイルスの検疫措置の看板が立っていた。割と「まあそうだよね」ということが書かれている。

ここもそうだが、接収された土地のうち幾つかは未だに接収解除はされず、極東の橋頭堡にかっちり組み込まれている。敗戦国の末路と言えよう。ここの施設も横田や厚木へ運ぶ燃料を揚げるために活用されている*1。おかげでここ安善から拝島行きの貨物列車が毎日のように動いているわけだ。

どういう形であれ、戦後が終わる日は来るのだろうか。

 

来る時は「30分近く先だしバス使えずに歩いて帰るんだろうな」と思っていたのにめっちゃパシャパシャしていたらいい感じに安善町から鶴見駅に向かうバスの時間になってしまった。寒いし乗らない手もないので、バスで鶴見に向かった。

時刻は概ね16時くらい。いい感じに日没だった。日没となると行きたいところがあった。川崎マリエンである。川崎マリエンから見る夜景は良いらしいというので行こうというものだ。

 

川崎マリエンには川崎駅前から東扇島循環のバスに乗り、東扇島に入ってすぐで降りれば良い。ちなみに東扇島循環は市営なので、ここに乗ってあともう一回乗ると1日乗車券の元が取れるという算段だ。ちなみにこれを見越して水江町からのバスで1日乗車券を仕込んでいるので正規で乗るより若干お安く乗れている。とはいえもう少しやりようがあるので、この辺を攻略しようという熱意ある若人はよくよく市営バスの路線図を眺めてもう少しうまくやってほしい。記事で出てくる中でももう少し出来たやろポイントが幾つか浮かんでくるはずだ。

余談だが、臨港バスは1日乗車券の類を一切出していないのでそこは注意しないといけないポイントだ。まあ臨港バスが通っているエリアがエリアなんで乗る人は基本住人か労働者で、冷静に考えれば必要ないと言えば無いんだが。

 

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街並みの続く窓から

きこえるやさしい愛の歌

 

 

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まごころは希望のリズム

いきいきと心弾むよ

 

 

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新しい時代は生まれて

つなぐ手に明日を夢見る

好きです幸せ灯す街

好きですかわさき愛の街

*1:正確には横須賀に一旦運んでそこからタンカーで鶴見貯油施設に来て、そこから更にトラックや鉄道ということらしい